一番大切なはずの家族を平気で裏切り、自分の全てを
許し受け入れてくれる女を平気で傷つける。
達也が一番大切なのは達也自身だった。
それでも、達也を嫌いになることが出来なかった。



コンビニの駐車場にポストがあった。
助手席にある封筒を手にし車を降り、
キーをポケットに入れようとして、指輪を
持ってきてしまったことに気づいた。
「どうしよう。やっぱりこれも返した方がいいわよね」

杏子は一度コンビニに入り、封筒と切手を買い、
宛名を書き直し、持ってきた封筒の中身と指輪を
今、用意した封筒に入れ、封をし、ポストに入れた。

それから、もう一度、かおりにメールをした。
「東山公園・スペアーキー」
達也が眠っている公園だ。

大きな川の河川敷に入り、車を停めた。
「海じゃないけど、仕方ないわ」
杏子の住むところは海がない県だった。
生まれ育ったのは都内で1年中、房総や湘南に行った。
愛する人と海の見えるところに住むのが夢だった。

「海も愛する人も何もないわ・・・」

杏子はあまっていたコーヒーをコップに注ぎ
薬を入れた。
達也のよりは強い薬。
ここ一ヶ月の間に隣町や川を渡った隣県まで行き、
何箇所かの病院を回り、
「疲れているのだけど、眠れない」
と言って睡眠薬をもらい貯めていた。

「たっちゃん。愛してるよ。なのに、意地悪してごめんね。
 最初で最後の私のわがままだよ。さようなら」
冷めたコーヒーを一気に飲んだ。

眠りにつくまでの少し間、やはり浮かぶのは達也との
事だった。
達也の笑顔・杏子のふくらはぎほどある腕・
少し気にし出したお腹とそこから続く黒い世界。
達也が最初に誘ってくれた時の言葉を思い出した。
「食事に行きませんか?ふたりだけで。」
杏子は幸せだった。

眠りにつく本当に最後の一瞬、杏子は思った。
「口を開けなければいいな、間抜けだもの」

杏子は深い深い眠りについた。



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