「えっ??? あれ、指輪も落としちゃったのかなぁ」
達也は慌てた。
「車の中、探してみる」 
と言って、その場を逃げ出すように出て行った。

かおりは、
「ホントにイタズラなのかしら。
それにしても指輪は??落ちる?」

達也は「チッ!」と思いながら必死に車の中を探した。
が、いくら探してもない。
助手席に転がっている紙コップをかたずけた。
杏子の仕業か・・・
達也は諦めた。
杏子に対する怒りが湧いてきた。

かおりに
「落としたのは会社かも」
と言った。

かおりは何が本となのかどうしらた良いのかわからなかったが、
達也の言っていることが、嘘だという証拠もない。

悶々としている所にメールが届いた。
子供の同級生のお母さんからだった。

「杏子さんが亡くなったって」
「えっ??なに?」
「詳しくはわからないけど。
また、何かわかったら連絡します。」

あまり話もしたくないが、達也に伝えなくてはならない。
杏子にはかおりより達也の方が世話になっている。
達也が学校の役員を受けたときに、杏子が一緒だった。
何もわからない達也は何か困った事があると杏子を頼った。
先生とはどう接したら良いのか、行事の人集めの時には誰に
声をかけたら良いのか、いつも杏子に相談していた。
宴会の送迎などもよくしてもらっていた。

「杏子さんが亡くなったって。」

達也は何を言ってるのかわからなかった。
「なんて・・・言った?」

「杏子さんが今朝、亡くなったらしいわ」

達也の顔が引きつっていった。

それから、達也は何も話さなくなった。
かおりが浮気の事ではなく、杏子の事について
語りかけても達也は無言だった。
再び来たメールで知った葬儀の日時を
伝えても、達也は黙ったままだった。


そして今、通夜に行く支度をしている。
達也は虚ろで未だに何も話さない。

達也に運転は無理かなと思い、かおりは自分が
運転して行くことにした。

「車、行ってるから、早くして。」
と達也に言い、玄関を出るとポストに封筒が届いていた。
それを持って車に行き、エンジンを掛ける。
封筒は達也宛だったが、差出人の名がなく、
何か硬い物が入っているのがわかったので開けてみた。

指輪と共に入っていたのは産婦人科の領収書と
ラブホテルのメンバーカードだった。
領収書の名前を見て言葉を失った。杏子だった。
保険適用外の請求が15万程の領収書。
「中絶?」
ホテルのメンバーカードは2枚あった。
一枚は50個のスタンプを押す欄がハートのスタンプで
埋め尽くされていた。
ボールペンで日付けも書いてある。
2枚目は3分の1ほどのハートが押されていた。
ふたりの付き合いが短くない事がわかった。

かおりは夫が出てくる玄関を見た。
一緒に歩くのには自慢の夫が、それだけが取り柄の夫が、
五十近い男に見えた。
いつもワックスでオシャレに立たせている髪の毛は半分白く、
頭に張り付いている。
助手席に乗った達也がボソッと言った。
「俺が・・・殺したんだ。」

かおりは達也を見ることなく、まっすぐに前だけを見て車を
出した。
晴れているはずなのに、視界が滲んでいる。



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