信行は何が起こったのか理解出来なかった。
自分の左手が頬を押さえていて頬には痛みがあった。

そして右手は股間にある。
そこは頬より痛かった。

隣で妻があっけにとられている。
信行は妻の方を見て、なぜか笑った。
ひきつりながら。

目の前には由美が立っている。痛いのは信行なのに由美の
目には涙が溢れていた。


信行は地元の小学生のミニバスのコーチをしている。
由美の子供がそのチームに入っている。
ふたりで会うようになってから2年と少し過ぎた。
信行が誘ったのがキッカケだった。
由美はお母さん仲間とでも、信行本人にも、
「信くん、かっこいいよね〜」と言っていた。
深い意味などない。
若くて背が高いお父さんをホントにカッコいいと思い、
お母さん仲間も同じように言った。
年下の信行をからかう気持ちもあった。
それ以上の気持ちは何もなかった。あるはずがない。
信行も由美もそれぞれ家庭があるのだから。

ミニバスの送迎や会議で、信行に会えるのは楽しみで
うれしかった。
会議の後や試合の後などに気の合うお父さん・お母さんと
飲みにいったりするようになった。
その中に信行もいた。
あまり飲めない由美が車を出す事が多かった。
由美は飲めないが、お酒の場の雰囲気が好きだった。
そこに信行がいるのだから、尚更楽しかった。

何度目かの飲み会の後、帰りにひとりづつ降ろし、
最後に信行が残った。

運転する由美に向かって信行は後ろの席から言った。
「今度ふたりで行きませんか?」





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