シュウはアイスを買いに近くのコンビニに入った。
 
  周りにあまりお店が無い上、この店はスーパーマーケットの
  グループ経営なので、牛乳や食パンなどがスーパー並みに安い。
  アイスも42円でそれなりの物が数種類、目玉商品的に置いてある。

  シュウはその中から六個を選びレジに行った。
  女の店員さんだった。
  こんな時間でも女の人なんだ、と思いながら何気なく胸の名札を見ると、
  平仮名で「たむら」 と書いてあった。





  「ありがとうございました。また、お越しくださいませ」
  と言いながら田村里香は300円と1円玉2枚を出したお客に
  50円のおつりを渡して言った。

  ふぅっとため息をつきながら店内の壁にある時計を見た。
  もう少しで9時半になる。
  「今日は来ないのかな」

  里香は入り口を見た。
  誰も入ってくる様子はない。
  店には雑誌コーナーで立ち読みをしている中年の男が
  ひとりいるだけだ。

  レジを出て店内の商品を並べ始めた。
  売れてへこんでいる商品を前に出す。
  ついでに賞味期限を見たり、棚を掃除したりする。

  電話が鳴った。
  レジカウンターの中にある、受け専用の受話器を取る。
  「お電話ありがとうございます。○○○○中央店田村でございます。」
  「お疲れ様です。駅前店の西村です。」
  里香はドキっとしたが、平静を装い
  「あっ、お疲れ様です」 と答えた。
  「今日の販売実績報告が来てないのでファイルを見てもらえますか?」
  「はい。ちょっとお待ちください」

  里香は店内を見回し、立ち読みを続けている客以外はいないのを確認し、
  事務所に走り、ファイルを探した。
  ファイルを持って店内に戻ろうかとも思ったが、カメラが写る
  テレビ画面を見ながら、事務所の電話を取り、西村に数字を
  読み上げた。
  本来、昼間の勤務の人がメールで報告する事なのだが、
  忘れたのかめんどくさくてしなかったのかはわかない。

  「わかりました。」 と言った後、西村は少し小声になり
  「ごめん、今日は行けそうもない」 と言った。
  西村も店の電話からかけているようだ。
  恐らく回りに誰がいる訳でもないのだろうが、
  個人的な話はやはり後ろめたさを感じるのだろう。

  西村は社員で、お店を4つ受け持っている。
  お店はほとんどパートとバイトで動いているが、それを管理する
  責任者と言う立場である。
  
  里香がパートを始めるときに面接したのが西村であった。
  里香は責任者の若さに驚いたのだ。
  こんな若者に使われるのかぁ、と思った。

  しかし、テキパキとした対応、それでも事務的なだけではなく、
  軽く冗談も言い、いい感じだと思った。
  採用が決まり、一から仕事を教えてくれたのも西村だった。

  「うん、わかった。」 里香も小声で答えた。
  こちらも誰に聞かれる訳でもないのだけど。
  「お疲れ様です」 と言い、受話器を置いた。

  西村が来たとしても、仕事以外の事を話せる訳ではないが、
  近くにいるだけで、顔を見られるだけで、同じ仕事をしているだけで、
  里香は幸せな気分になれる。

  少し沈んだ気分で店内に戻ると立ち読みの客が
  2人増えていた。

  時計を見ると10時10分前。
  レジ内のお金の点検を始めた。
  2つあるレジのうち、ひとつがマイナス5円だった。
  前の人がやった点検のレシートを見ると、やはり
  マイナス5円になっていた。
  よかった。と里香はホッとした。
  自分が出したマイナスではなかった。

  深夜の勤務の人が出勤してきたので、
  里香は「上がりますね」 と言い、
  事務所に戻り、タイムカードを押し、制服を脱ぎ勤務を終えた。
  疲れた・・・
  同じ時間、起きているのでも家でTVを見ているのを仕事をして
  いるのでは、やはり疲れ方が違う。
  まして、今日は西村に会えなかった・・・

  「お先に失礼します」 バイトに声を掛け、外に出ると携帯が鳴った。
  西村からだった。

  「はい」
  「お疲れ様。終わった?」
  さっきの声とは違う。
  西村も仕事を終え、外でかけてるのだろう。

  「うん、終わった」
  「里香、ごめんね。今日、行けなくて・・・」
  「大丈夫。ちょっと寂しかったけど」
  「俺も寂しかったよ。行きたいんだけどもう少しかかるんだ。
  里香、塾のお迎えでしょ?」
  「うん。そうなの。」

  里香は、西村が里香の予定をわかってくれている所もうれしい。
  「気をつけてね。今度の休みはいっぱい話してチュウしようね」
  「うん。いっぱいね」
  「じゃ、ホントに気をつけてね。愛してるよ、里香」
  「へへッ、ありがとう。恭ちゃんも気をつけるんだよ。お疲れ様」

  電話を切り、車に乗った。
  さっきまでの沈んだ気分が吹き飛びウキウキしていた。
  「全く・・・電話一本でなんでこんなにうれしいんだか・・・」
  フッと笑ってしまう。
  この年になって恋をするとは思わなかった。
  しかもパート先の年下と。
  里香は西村が今までもパートさんとこんな関係になっていたのかな
  と思い、一度聞いた事がある。
  「初めてだよ。俺も自分がこんなこと出来るなんて信じられない」
  と言っていた。

  本となのだと思う。
  嘘でもいいかなとも思う。
  今、里香は西村が好きで仕事も楽しいから。さて、


  「塾に行かなくちゃ。」



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