CDやDVDの間を通り、れいこは奥の本のコーナーに
  行った。女性向けの雑誌が並んでいるところで止まり、
  雑誌を一冊手に取った。
  “妊娠中の過ごし方”
  お腹の大きな女性がお腹に両手を当て、その後ろから
  男の人が女性を包み込むようにしてやはり両手を
  女性のお腹に当てている。
  れいこは自分には無縁な場面だと悲しくなった。
  妊娠は誰もが幸せになる訳ではない。

  いつ言おうかな。それともお腹が出てきて雅也が気づく
  まで話さずにいて、ひとりで産んで育てようかとも思う。

  れいこが、持っていた雑誌を棚に戻そうとして顔を上げた時
  棚の向こう側のDVDコーナーに見た事のある人がいた。

  4年程前に卒園した一樹くんのお母さんだ。
  一樹・・・確か木村一樹。
  わざわざ近づいて挨拶をするほどではない。
  向こうが、あの頃仕事に就いたばかりで何も出来なかった
  自分を覚えているかどうかもわからない。

  れいこは別の本を探し始めた。
  「これさえあれば大丈夫・ひとりで出来る安心御産!」みたいな
  本はないのか。と思いつつ今度は“幸せになれる姓名判断”
  と言う本を手に持った。






  木村洋子はDVDを返しに来た。


  明日でも良かったのだが、一樹が野球に持って行く
  飲み物を買いに出たついでにこっちまで来た。
  一樹が借りたアニメのDVDを返却し、何か面白そうなものは
  ないかなと少し探したが、これといって観たいものはなかった。

  本のコーナーに行こうと思ったが見覚えのある人がいた。
  一樹の幼稚園の時の先生だ。もう4年も経っているし、
  向こうは沢山の園児を見てきている訳だし、大人しかった一樹の
  事など、ましてその母親など覚えてはいないだろう。

  挨拶をしていいものかどうかもわからなかったので、
  本コーナーには行かずに店を出た。

  店を出て車に戻ると、置いていった携帯が光っていた。
  剛からだった。

  「電話、大丈夫?」

  大丈夫とメールするのもめんどくさかったので、電話をした。

  「もしもし・・・わたし。何?」
  「何って。どこにいるの?電話大丈夫なの?」
  「大丈夫だからかけてる。」
  「そうだね。最近、会ってくれないからさ、どうかしたかなと
  思って。忙しい?」
  「忙しいのはそっちの方じゃないの?」
  「何それ? どういう意味?」
  「別に・・・明日の練習、よろしお願いします。」
  「明日、送ってくるの?」
  「送っていく。」
  「じゃ、会えるね。」
  「会えるって行っても、送ってくだけだから。」
  「そっかぁ〜  ゆっくり会いたいな。ちゃんと考えてよ。」

  返事はせずに「・・・じゃ」と言って電話を耳から離すと
  まだ、剛が何かを言っていたがかまわず切った。

  剛は人当たりがいい。それを優しさと思っていた。
  それを好意だと勘違いしていた。
  自分と同じように思っている人が他に数人いると知った時には
  簡単には忘れられないほど好きになっていた。

  しかし、自分以外の相手があまりにも身近にいる事に嫌悪を
  感じた。
  剛は
  「洋子があまり会ってくれないから」 と言った。
  本命とか2番目とかそんな事は関係ない。
  同時進行で複数と付き合う事が洋子には理解できなかった。

  終わりにしよう。 
  そう決めたら、以外と気持ちはすっきり晴れていた。
  別れ話をする必要もなさそうだ。
  電話に出なければ、返信しなければいいだけの事。
  それで終わる。
  
  剛は×1独身だから恋愛は自由の身。
  お好きなようにどうぞ。
  私はもう関わらない。
  ただ、一樹の野球があるから、顔を合わすことはあるだろう。
  それでも、大丈夫だと洋子は思った。
  さっき、話しても気持ちは揺れなかった。
  普通に世間話をする自信がある。
  洋子が剛に未練がないように、剛も洋子を追うことはないと
  わかっている。
  それほど薄っぺらな恋愛だったのだ。


  次の日の土曜の朝、一樹のお弁当のおにぎりを3つ作った。
  剛の分はもう、自分が作る必要はない。

  良いお天気。風がなくて試合日和だね。

  家を出るときに息子の運動靴がずいぶん汚れているのに気づいた。
  「靴、買わなくちゃね」
  「うん。」
  「今日、試合中に買い物に行くから買っとくよ。何センチだっけ?」
  「23.5。」
  「オッケー。わかった。」

  いつもは自転車で練習に行くのだが、今日は試合で球場が遠い
  ので車で送って行く。試合と言っても4年生の一樹が出る事はない。
  せいぜいボールボーイか点付けくらいだ。
  その間に買い物をしようと思っている。

  練習場に着き車を止めるとグラウンドの隅に剛がいた。
  そばに2人、やはり子供を送って来たお母さんがいて楽しそうに
  話していた。

  洋子は車から降りて「お願いします」 と声をかけようかどうか
  迷ったが降りないことにした。

  「いってらっしゃい。終わるころ、迎えにくるからね。」
  「うん。行ってきま〜す。」
  一樹が走って行った。

  駐車場を出ようとしている時に車が一台来た。
  サオリさんだった。洋子と同じように自分は降りず、
  子供だけ降りていった。
  サオリの子供は洋子の息子よりひとつ下だったと思う。

  学年が違うので挨拶くらいはするが特別話をすることも無い。
  洋子はサオリを綺麗だと思う。そして間違いなく剛の好みだ。

  グラウンドにいる剛はサオリが来た事に気がついただろうか。
  洋子は思った。
  これから剛はサオリに近づくだろう。でも、無理だ。
  サオリは剛など眼中にない。
  誰かに聞いたことがある。見た目を気にする人だと。
     (その割には服などのセンスが悪いと思うことがある)

  ベルトの上に何百グラム単位のお肉を乗せている剛は、
  サオリから相手にされる事はない。

  “力づくで襲っちゃえば。”
  洋子は心の中でふとそんな事を思った。
  何を考えているんだろう。私ったら。
  
  私、嫌いだったんだ、サオリさんの事。

  洋子はそんな事を考える自分が嫌になり、小さく頭を振り、
  別の事を考えようと思った。


  そうそう、ショッピングセンターに行かなくちゃ。



前項 次項