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洋子は車で20分ほどのショッピングモールに着いた。
休日は広い駐車場がいっぱいになり車を止めるのも一苦労するが
今日はまだ時間が早いからたくさん空きがある。
帰りに食材を買うつもりでいたので、スーパーに近い方に
回り車を停めた。
自動ドアを入り二階に向かうエスカレーターに乗ると、反対の入り口から
サオリが入って来るのが見えた。
同じ暇つぶしか。けっこ気があったりして。
ウロウロしている間に会わなければいいなと思った。
靴売り場に向かう途中、近所のアサさんに会い少し立ち話をした。
洋子は野球の試合の合間に・・・と言った。
アサさんの子も野球をやっていた。一樹の大先輩になる。
もう高校生になったが、少年野球・中学野球と左のエースで、
この辺りでは好投手として名が通っていた。
野球で高校に行くのかと周りはみんな思っていたが、進学校に
進み、野球はキッパリと辞めてしまったそうだ。
アサさんちの子は勉強も運動も出来る・・・近所でそう言われている。。
アサは自慢したりはしなかった。
「ほらっ、私がダメ人間だから、子供が頑張ってくれるんだよ〜
お母さんみたいにならないようにって。」
と言って笑う。
そう、アサはいつも笑顔で話す。
それが馬鹿っぽくないのも不思議に思う。
アサと話していると、こちらまで笑顔になってしまうのだ。
小柄で細身のせいか、年よりずいぶん若く見える。と言っても、
実際のアサの年を知っている人は少ない。洋子も知らない。
自分より確かに上なのだが、いくつ上かは知らない。七つか八つか。
同じ年だと言われてもそうなんだ、と納得してしまえる若さを感じる。
10分近く話をしてアサと別れ、靴売り場に行った。
 
サオリは特に目的もなく商品が並ぶフロアを歩いていた。
土曜日なのに、小3の息子は野球、中学生の娘は部活、夫は仕事で
夜も付き合いの飲み会と言っていた。
どうせひとりなので人と会う約束をしていたのだが、今朝、
ドタキャンされてしまった。
「急用有! 今日はキャンセル。後でメールします」
急用が何かわかったのはさっきだった。
ショッピングセンターの横に映画館があり、TVでも人気のアニメの
映画を上映していていた。
車を駐車場に止めてその横を通るとチケット売り場とその周辺は
子供連れの人で賑わっていた。
その中にドタキャンされた相手がいた。子供と手を繋ぎ、子供の
もう片方の手の方には女の人がいた。
まったく・・・ついてないな。
サオリはその場を素早く離れた。
朝、息子を送ったらそのまま出かけるつもりで支度をしていた。
キャンセルされたが、せっかく家の用事も早々と済ませ、
用意したのだから、出かけないのもつまらない。
なので、ここに来た。
そして見た。。。。最悪〜〜〜
娘の塾の先生とふたりで食事をしたのは2回。
食事と言ってもお酒も入り、いい気分になる。
2度ともホテルに誘われたが、まだ、断っている。
次はどうなるかわからないかも・・・と思っていたところに
見てはいけないものを見てしまったようだ。
サオリは憂鬱な気分のままフラフラと売り場を見ている。
“食事だけにしておいてよかった・・・” と思った。
さて、どうしようかな・・・と周りを見回すと下着売り場が
目に入った。
リナの下着、買っておこうかな。
中学生になったリナは、サオリより背が伸び、胸も大きい。
背が高いのと足が早いのは父親の遺伝だ。
saleと大きなポップがついているワゴンに、男物の下着が並んでいた。
¥350〜と書いてある。
ワゴンの中のものをひととおり見てみたが、夫のサイズは黒いのが
一枚あっただけだった。
サオリはそれをかごに入れた。
ブラとショーツがセットのかわいい下着がいっぱい飾られている。
リナはどのくらいだろう・・・
同じようにセットの下着をみている人がいる。
アサさんだ。
アサの下の子とリナは同級生だ。
アサは年のわりに若く見え、初めて会ったときには同じくらいかと
思った。
アサがかなり年上だと知ったのは随分時間が経ってからだった。
自分から目立つことをする訳ではないが、学校や子供会の
役員など、頼まれると受け、そつなくこなす。
リナの小学校の卒業式の時には、保護者代表の挨拶をし、
参加者を感動させた。
サオリも泣いた。
子供が同級生とは言え、男の子と女の子だし、特に親しい訳ではない。
学校行事などで顔を合わせるとたまには立ち話をしたりするときも
あるが、何と言うか、アサには近寄りがたい雰囲気がある。
他の人たちはみんな普通に接しているし、アサはいつも周りの
人たちと笑っているし、他人のことを悪く言っているのも
聞いたことがない。
だいたい人が集まるところで、アサはひとりでいる時がない。
必ずまわりに誰かいる。
それが決まったグループという訳ではなく、お母さん仲間だったり、
男の人だったり、お年寄りだったり、若い子だったり。
不思議な人だなと思う。
何でこの人と知り合いなの?と思うような人と話している時もある。
たとえば、他所の学校の校長先生とか、どこかの社長とか。
サオリも仲良くなりたいと思うが、なぜか恐い気がする。
サオリはアサと話すと緊張してしまうのだ。
なんでだろう。
アサと話すにはいろんな事を知っていないといけないような
気がする。面白くなければいけないような気がする。
サオリが挨拶しようかどうか考えていると、アサの方から声を
かけてきた。
「こんにちわ」
サオリは今、気づいたように言った。
「あっ、こんにちわ」
「遥希の靴下を買いに来たの、修学旅行の。」
アサは言った。
「私もリナの下着を見に。」
その目的で来た訳ではないがそう言った。
お互いに相手のかごをチラッと見た。
アサのかごにはナイキのソックスとピンクのかわいいセットの下着が
入っていた。
サオリが自分のかごを見たのを感じて、
「これは私の。こういうのってなかなかAカップのがなくて・・・
見つけたから買っておこうかなと思って。
誰に見せるわけじゃないんだけど。」
ウフッと笑顔で言う。
「かわいい」
サオリは言った。
下着もかわいかったが、照れて話すアサもかわいいと思った。
やっぱり10も年上には見えない。
アサはサオリの買い物カゴの中に黒いボクサーパンツが入っている
のを見た。
「じゃ、お先に」
サオリに言い、会計を済ませ、アサは自分の車に向かった。
時計を見て少し急がなくちゃと思った。
これから仕事に行かなくてはならない。
歩きながらアサは思った。
”今夜のシュウとのデートに、今買った下着を着て行こう。
シュウは・・・新しい下着を履いてくるかな。
サオリが今、買っているあの黒いボクサーパンツ。”
忙しくならないと良いな、と呟き車に乗り込んだ。
出来れば、仕事が終わったら一度家に戻ってシャワーをしてから
出かけたい。
駐車場の車は来たときよりも随分増えていた。
さて、仕事に行かなくちゃ。

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